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泣けるコピペ
32 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/10/17(水) 00:57:25.42 ID:5VlzZGYL0 結婚して子供ができて、ホカホカした食卓にみんな笑顔で並んでたりして、 ときどき泣きそうなくらいの幸せを噛み締めるなー。 「荒みじんの玉葱が入ったでっかいハンバーグ」とか、「大皿いっぱいの散らし寿司」とか、 カミサンと子供には、自分が子供の頃に満たされなかったものを埋めてもらってる。 「ケチャップで名前書いたオムライス」「釜で炊いたお米のキレイな狐色のお焦げ」 「ジャガイモとニンジンのゴロゴロしたカレー」みんな夢見るだけで一回も与えられなかったものだ。 「年の数だけロウソクの立ったケーキ」も。 なんか、三十過ぎた今になってようやく、切ない気分にならずに見られるようになった。 最初の頃なんか幸せな食卓に座るたび「なんで俺がこんなトコにいるんだろ」とか思ったけど。 自分みたいな一人きりの惨めな飯とか、親も不在で金も食いモンも無くてひもじい思いとか ぜったいさせたくないな。うちね、端的に言うと親が超DQNだったの。 当時のウチのメシ見たらみんな残飯かゴミかと思うよ、きっと。 幸か不幸か自立して生きて来れた。優しい嫁とも会えた。元気な子供もできた。 だから、俺はきっと神様っていると思う。
新婚当時は出されたもの食べてた。しばらくして(長男を妊娠した頃か) 「ね、好きなものなんでも作るよ、なに食べたい?」って 聞かれたから、思わず「おっきいハンバーグ」って答えた。 我ながら三十過ぎてなにいってんだ思ったけど、嫁はニッて笑って、 小さめの座布団みたいな超巨大ハンバーグ作ってくれた。 俺のこと見ててなんか感じたのかな。爪楊枝のちっちゃな旗が立ってて、 お手製ハンバーグソースで「○○くん(はぁと」とか書いてあった。
俺って妻だけではなく、初めて家庭と母親を手に入れたんじゃないのかな
772 :恋人は名無しさん :2005/09/15(木) 00:01:01 いとこ(27歳男)が、大腸がんで死んだ。 その彼女は、従兄弟ががんと分かってから、仕事もあったのに 毎日病室に訪れ付き添った。結婚の約束もしていたんじゃないかな。 食べ物を、「お口アーン」とか、やり合ってじゃれてたり、 がんが侵食して痛む従兄弟の腰や背中を、彼女がさすってあげたり。 そのころ、10代のガキだったせいもあるけど、従兄弟が死ぬなんて まったく想像つかなかった。「きっとこの2人はあと数年もしたら結婚 して、幸せな家庭築くんだろーな」なんて、見舞いにいくたび 幸せな想像しかできなかった。普通にうらやましかった。
773 :恋人は名無しさん :2005/09/15(木) 00:03:08 しかし、従兄弟の病状はどんどん進んでいった。みるみるやせて、 目ばかりぎょろぎょろになって、身内のわたしでも正視できなかった。 はやく終わってほしかった。人の命のもろさが怖かった。 でも彼女はずっとそばにいた。従兄弟のやせ細った手を握って、 抗がん剤の影響で、ぼろぼろに禿げたあたまにかぶる毛糸の帽子を 作ったり。わたしは、怖くて怖くて病室にも入るのもいやで 病室に入っても、 彼女の後姿ばかり見ていた気がする。 従兄弟は、癌がよくなったらどこかへいこうとか、あれ食べに行こうとか 今度の携帯の最新機種を買いたいとか、来ない日のことばかりしゃべった。
97 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/10/17(水) 03:11:14.81 ID:gsMB9QXF0 774 :恋人は名無しさん :2005/09/15(木) 00:05:53 彼女は笑顔で、「絶対いこーね」「わたしあれ食べたい」とか、いってた。 気休めだろって思ったけど、彼女の目は本気だった。 今、思い返せば、彼女はほかにどうすることもできなかったんだと思った。 彼女も怖かったのに、好きな人を失うことが、 きっと自分が死ぬ以上に恐ろしかったと思う。
775 :恋人は名無しさん :2005/09/15(木) 00:31:56 年末に、癌が全身にまわり、肺に転移。 従兄弟は最初の意識不明に陥った。 医師は、「癌を抑える薬がある。しかし、一時的に抑える効果しかない。 苦しみがのびるだけ。私の子供が患者だったらこのまま死なせる」ときっぱり。 両親は、「せめて27歳の誕生日を迎えさせたい」と延命を望んだ。 横で、彼女はだまって、ふるえていた。 薬は効いて従兄弟は劇的に回復した。 彼女と温泉にいったり、近場に旅行いったり、 新薬は2人に時間をくれた。 「癌が治った」とはしゃいでいたけど、一時的だというのは 本人が何よりも知っていたと思う。 最後のときをすごす2人に、両親も親戚もなにもいわず見守った。
98 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/10/17(水) 03:11:31.85 ID:gsMB9QXF0 776 :恋人は名無しさん :2005/09/15(木) 00:37:29 春、従兄弟が3度目の意識不明に陥った。 あまりの痛みに子供のように泣き叫ぶ従兄弟を、彼女と従兄弟の母親が 押さえつけ、抱きしめた。「ここにいるよ。ひとりじゃないよ」 彼女は、死の激痛にあえぐ従兄弟の顔にキスして、手足をさすった。
医師が死亡宣告し、遺体が自宅に搬送されるまで、 彼女は従兄弟を抱いた。
何かにとりつかれたように嗚咽する彼女をみて 「人を愛する」ってこういうことかと思った。
777 :恋人は名無しさん :2005/09/15(木) 00:40:02 彼女は、親戚の手前、通夜、葬式にも出られなかった。 毎年、従兄弟の墓参りには来ていた。 従兄弟が死んで数ヶ月あと、勤めていた会社をやめたことを聞いた。
数年たって、墓参りにもこなくなった。 最近、彼女が結婚し、1児の母になったことを聞いた。 寂しく思った反面、ほっとした。幸せになってほしいと思う。
105 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/10/17(水) 03:29:54.32 ID:FYgGyfSfO 139 名前:名無しの心子知らず[sage] 投稿日:2007/08/23(木) 23:16:24 ID:IDlVpnKM
うちの娘3才は難聴。ほとんど聞こえない。 その事実を知らされたときは嫁と泣いた。何度も泣いた。 難聴と知らされた日から娘が今までとは違う生き物に見えた。 嫁は自分を責めて、俺も自分を責めて、まわりの健康な赤ん坊を産むことができた友人を妬んだ。 ドン底だった。 バカみたいにプライドが高かった俺はまわりの奴等に娘が難聴って知られるのが嫌だった。 何もかもが嫌になった。 嫁と娘と三人で死のうと毎晩考えていた。
ある晩、嫁が俺に向かってやたらと手を動かしてみせた。 頭おかしくなったんかと思ってたら、喋りながらゆっくり手を動かし始めた。 「大好き、愛してる、だから一緒にがんばろう」 手話だった。 そのときの嫁の手、この世のものじゃないかと思うくらい綺麗だった。
それで目が覚めた。何日もまともに娘の顔を見てないことにもやっと気付いた。 娘は眠ってたが、俺が声をかけるとニタッと笑った。
あれから三年。 娘の小さな可愛い手は上手に動いてる。喋ってる。
138 :放課後ニャンニャン ◆0qkXBFmuAg :2007/10/17(水) 04:10:50.57 ID:LbCoUo110 鬱だ鬱だとうるせーんだよ。 何か美味いものでも食え。デザートもつけろ。 金銭とかカロリーとかそういうのはとりあえず無視だ。 「ふはwwwwwうめぇwwwwwww」って声に出して食え。 で、メシ食ったら、一休みしてから散歩だ。 鯉とか亀とかがいる池、または自然が多い散歩道が良いだろう。 周りに人がいなかったら、ブンブン腕振って、歌うたいながら歩け。 気が済むまで歩いたら、帰る途中でアイス買え。 で、食いながら帰れ。行儀が悪いとかそういうのはいい。 家に帰ったら「ただいま」って大きな声で言え。 で、これらをできれば毎日やれ。 わかったか鬱ども。
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